
高崎にもどり、白根山の反対側、軽井沢へと向かいます。今の鉄路は碓氷峠の麓の横川で途切れていますが、3年半前、長野(北陸)新幹線が開通するまではこの先も軽井沢方面に続いていました。この区間は最大66.7パーミル(1000m進むと66.7m登る)という急勾配で、どの列車も必ず横川と軽井沢に停車し、EF63型(通称ロクサン)という専用の機関車を2両横川方(峠の麓側)に連結していました。峠を登る時は後押し、下る時はブレーキとなって列車をサポートしていた頼もしい機関車でしたが、今では展示用に数両が残っているのみです。今ではこの区間はJRバスが運行されていますが、あくまで鉄道とは別物で、スーパーホリデーパスなどで乗ることはできず、別途運賃が必要です。
ちなみにEF63の基地となっていた横川機関区も廃止されてしまいましたが、その跡地は「碓氷峠鉄道文化むら」として生まれかわりました。貴重な車両や碓氷峠の資料が展示されているほか、講習を受ければ実際にロクサンを動かすこともできます。
横川からおよそ20分(熟睡…)で、軽井沢に到着。軽井沢は霧に包まれていました。
軽井沢駅構内には、ロクサン2号機がかつての姿のまま保存されています。平成9年9月30日、碓氷峠の鉄路最後の日の昼下がり、2両の僚機にサポートされて横川機関区から峠を登ってきた2号機はこの軽井沢駅に体を落ち着け、以来ここで余生を送っています。当初は構内の片隅で狭い柵に囲まれて窮屈そうでしたが、今は営業線路の隣で落ち着いた姿を見ることができます。
新幹線開業とともに横川〜軽井沢間は廃止されましたが、軽井沢から先の線路は残りました。しかしJRからは分離され、しなの鉄道として生まれかわっています。軽井沢から小諸までは今回の行程で唯一の未乗区間でした。(といってもJR時代には何度も乗りましたが)
小諸からは小海線に乗継ぎ、中央本線の小淵沢に出ます。小海までは沿線でも比較的開けたところを走るせいか3両編成でしたが、小海から先は1両のワンマンカー。乗り換えでかなり混雑していましたが、JR最高地点の野辺山に着く頃には落ち着いていました。(野辺山の旅行記はこちらをどうぞ!)
小淵沢駅ホームの待合室には、武田節の詞が掲げられていました。今まで何度も通っているこの駅ですが、初めて気づきました。
このあとは、中央本線の普通列車を乗継いで首都圏へ戻りました。